文星芸術大学 彫刻専攻なになに?彫刻専攻Blog
実習室、工房での様子などなど紹介いたします。

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杉山先生からのメッセージ 13:52
卒業式を終え
静かな学校です


彫刻専攻の学生たちも
旅立ち、4月から新生活がスタートします


今年度で退職された
彫刻専攻の特任教授の杉山惣二先生から
歴代の卒業生のみなさんと在校生へ向けて、メッセージをいただきましたので
ここに記します
インタビュー形式となっております


質問者:新村優子(以下N)
回答者:杉山惣二先生(以下S)

N:「先生に5つ質問があります。」
S:「5つ?はい、なんでしょう。」

N:「まずお聴きしたいのが、文星にお勤めして十数年の感想を・・・。」
S:「感想ですか。え〜、やっぱり、あの。教えることと学ぶこと。教えたつもりが、逆に学んでいたみたいなさぁ。」
N:「はい。」
S:「そういうことは、常に感じたし、こだわりをもっていたね。」
N:「それは、学生と触れてですか?」
S:「そうそうそう。それともうひとつはね、学生と触れているときに自分が学生だったときのことを、常に思い出すようにしていた。今は簡単にできることも、自分が20歳やそこらのころに、実際そんなにやれたのかな、みたいなさぁ。それを、できるだけ思い出すように思い出すように、そういう風に思っていたような気がするなぁ。・・・ふたつ目は?」

N:「ふたつ目の質問は、文星に勤め出したときと、今とで、心境の変化はありましたか?」
S:「心境の変化はね、そうねぇ、だんだんだんだんやっぱり、こだわりがなくなってきている気がするねぇ。彫刻っていう概念が当時はね確実にあった気がするの、自分の頭のなかにも。ここからここまでが彫刻みたいなさぁ。それが今はさぁ、そんなことがどれだけの価値があるかなぁ、っていうね、そんなことよりも、彫刻でも彫刻でなくても、まず、いいなぁ、と、おもしろいなぁ、と良い意味で言えば素直に、悪い意味で言えばいい加減になってきた。決め事みたいなものがキチッと定まらないであやふやになってきた。ある書道家の言葉でねぇ、美の極致っていうのは、両対立のもの、たとえば古典がものすごく好きで学んでいるけど、現代アートも理解していないと、その両極端が分からないと、美はつくれないよって言ってたなぁ。」
N:「なるほど、それが分かってきたということですね!?」
S:「え、おれ?いや、分からない(笑)分からないけど、要するにふたつの世界、俺は昔から光と影とか、男と女とか2極の世界って、自分のなかではこだわっちゃう方なんでね、自分としては昔は、その両極端の世界に矛盾を感じていたわけ、でも、今は逆に、その両極端が自分のなかにあることが、ものごとを生み出すパワーにつながる。中国でも、社会主義なんだけど、資本主義的な動きもでてきて、その両極端のパワーが、あれだけの経済成長を生み出したでしょ。」
N:「先生は、政治と美術をつなげてよくお考えですよね」
S:「そうねぇ、ここ10年くらいかな。池上あきらが政治の世界を分かりやすく解説してくれるじゃない。けっこう、あの人の出す本を全部買って、読むようにしてるんだけど、宗教の矛盾だとか、あるいはこう格差の矛盾だとか、いろんなことを分かりやすく説明してくれるから、そこらへんからね、自分のなかで生活のなかで、政治もそうだし、美術もそうだし、経済的な問題も一緒になってるのよ。だから、前はね、美術は美術、政治は政治だっていうさぁ、分かれていた気がするんだけど、今は、いろんなものが混然一体になってきている気がするねぇ。」
N:「それは、世の中がそうなっているということですか。」
S:「かもしれないね。わりと俺は世の中に同調していく方だからさ。流行に弱くてねぇ。割とこう、若い人がこれが良いよって言うとね、けっこうそっちの方に流れやすいのかもしれない。っていうよりね、割と流動的なの、俺は。うん、頑固に何かを守り続けるっていうタイプじゃないのよ。」
N:「物事は変わることが自然なので、柔軟な考えがうらやましいです。」
S:「うん。でも、芯がないのよ。芯を持ちながら、それを軸にして、あれは美しいとか美しくないとか、そういう判断の基準がないもん、俺の場合は。だから流れて行っちゃうの。」
N:「わたしからみると、芯があるように思えるのですが、違うんですか?」
S:「木ってさ、根が張っているじゃない。でも、俺ってさ、こう水面があると、浮草みたいなもんなんだよ。俺は。根なし草っていうか。だから、風が吹くと、こっちに流れて、あっちに流れて(笑)ところがねぇ、やっぱり、ちゃんとしたひとたちは、ちゃんと根があって、まず種を自分で発見して、種を植えて、そこから自分なりの花を咲かせていくんだけど。でもね、こういう浮草も、花咲くのよね。つまり、要するにものごとって、根を張る花ばかりじゃなくて、生態系っていうのはいろんな生態系があって、根なし草でも生きていける生態系もあるっていうさぁ・・そういう考えで最近は自分で肯定するようにはなっているんだけども。・・・もう少ししゃべっていい?」
N:「はい。」
S:「根なし草なひとは、言うことがころころ変わったり、表面的だと世間からバカにされる、そういう面も確かにあったのよ。でも、根をもったひとたちっていうのはさ、ロダンとかピカソとか、よほどの大木はちがうけど、普通の根を持ったひとっていうのは、すぐに枯れちゃうのよ。ところがね、こういう根なし草っていうのは、意外と寿命が長いわけ、未だに作家活動を続けていられるの。つまり、本当のことを言わないのよ。確信をね、ぼかすわけ。オブラートに包んだような言い方をするわけ。おれはね、そういう生き方でもいいんじゃないかなって肯定を最近するようになった。むかしはね、そういうのを否定してたのよ。いつかね、自分の根ができて、自分のスタイルができるんじゃないかなぁという風に思っていて、周りからも「杉山さん、そろそろ自分のスタイル持たなきゃ。」なんて言われてたんだけども、自分から、そういうスタイルを無理やりつくろうと思わなかったの。結局、そういうスタイルができなかったのよ。ところがね、これが、結果的に自分のスタイルなのよ。ということを、もっと広げて言うと、日本というのは、明治以降、西洋の文化をコピーしてアレンジして、オリジナリティがないんじゃないかって言われてきて、でも、逆に日本も、根がなかったからここまで発展したとも言えるわけ。これが、頑固に、自分の国のオリジナルだって固執してたら、こんなに経済成長しなかったかもしれない。だから、何がいいか悪いか分からないにしても、そういう生き方もあるぞ、っというさぁ、自然界から見ると、ひとつやふたつじゃなくて、みんないろんな生き方をしているじゃない。だからそれと同じように、ものづくりも、いろんなやり方があるぞ、っていうのは、最近すごく思う。うん。これはね、外国からみたら、日本人ってみんなこういう風に見られていると思う。たぶんね。おそらく、外からみたら、本当の日本人だと思う、俺。典型的な日本人じゃないかって思う。ヨーロッパ人やフランス人なんかは特にそうなんだけど、非常に哲学とかにこだわって、頑としてゆずらないような考え方をするひとが多いんだよね、ところが日本は島国だったり資源がなかったり、いろんな条件でこうなってきたとおもうんだよね。」
N:「日本人って議論ができないってよくいわれますけど、それについてはどう思いますか?」
S:「それはね、よくないと思う。哲学がうるさすぎるのもどうかと思うけど、ちゃんと歴史をみつめて、言えること、そういう部分は日本人はこれから直していかなきゃいけないところだよね。」
N:「では、根がないというのは、哲学がないという意味ではないですね。」
S:「そうだね、哲学がないという意味ではなくて、なんていうのかな、積み重ねていける性格がないんじゃないかな。仏教が伝来して、2信教としての道を選んで、まったく違うものが同居できるようなそういう精神文化ができあがってしまって、アメリカだとYESかNOのふたつしかない。ところが日本の場合はYESとNOのあいだに「ちょっと待って。」がある。この間(ま)の世界がさぁ、やっぱり、哲学とかそういうものを厳しくしなかったんじゃないかと思うんだよね。」

N:「では、3つ目の質問をいいですか。」
S:「お、まだ3つ目?はい、3つ目なんですか?」
N:「杉山先生が、制作するうえで、一番大切にしてきたことはなんでしょうか?」
S:「そうだなぁ。気持ちが動いている・・・というか、そういうものかなぁ。(結構悩んで・・・・)月並みだけど、情熱かなぁ。本当のことをいうと、楽しくやりたかった。学校での仕事はねぇ、結構楽しかった。だから今、良い思い出になっているんだろうけど。自分のアトリエでつくっていたときは、本当に苦しんだのよ。俺。なんで文星にきたらこんなに楽しくなったかなぁって考えると、ひとに教えるってこととか、学生さんがいたりとか、いろんな会議があったりするなかで、貴重な時間を30分でも15分でも仕事場で制作するっていうバランスがとても良かったのかもしれない。家にいるとね、24時間自分の時間なのよ、いつでもやろうと思えばできるし、そうなるとね、だんだんやりたくなくなっちゃって、展覧会の前につくらなきゃいけないっていう気持ちになっちゃうのよ。でもここだと、自分のつくりたい気持ちだけ、つくろう、っていう。そういう精神的な違いがずいぶんあったなぁ。みなさんのおかげですよ、やっぱり。家だと、自分との戦いになっちゃうのよ。「おまえは、何をつくりたいんだ。」「おまえは何者なんだ。」って。でも、答なんかありゃしないんだよ。なんかね、そうやってつくっているうちに、だんだん暗くなってきちゃったりしてさぁ、出口が見つからなくなっちゃうんだよね。でも、文星に来るとね、いろんなひとがいて、気が抜けるっていうかなぁ。そういうのが大きかったかもしれないね。」
N:「わたしも一回卒業してるので、自分の時間って、すごく良くわかります。たぶん、卒業して、今、制作を続けているひとたちも、結構同じような気持ちは味わっているんじゃないかと。」
S:「そうだね、みんな同じような道をたどるんだと思うんだ。しょうがないよね、これ。でも、そういうときもないといけないと思うんだよ、俺。孤独にね、自分を見つめるとき。ギリギリのところまでね、まぁ、俺なんか、ギリギリのところまで行っているか分からないけども、一度そういう風になって、それからだと思うね、大事なのは。それがないとね、作品っていうのはさぁ、そのすべてが作品にでるからさぁ。軽い考えのひとは、作品も軽くなるし、地獄の苦しみを味わったようなひとは、やっぱりそういうものが作品として出ると。良い悪いは別にしてね。作品のなかに、深さとか密度とか、あるいは軽い部分もどこかに必要かもしれないし、明るいところも必要なのかもしれないし。この幅を大きく持たないと、作品ってやっぱり見応えがしないと思うんだよな。ってことは、そのひとの人生経験も含めて、その人生の体験の幅だと思うんだよな。これは、もろに出ると思うよ、作品っていうのは。」
N:「制作というよりは、大事なのは生き方そのものということでしょうか?」
S:「だと思うよ。ただそれが全部、反映するかどうかは分からないし、いつ出てくるかは分からないのよ。すぐ瞬間に出る場合もあるし、あるいは、晩年になってそういう味がいい形ででてくる場合もあるし、これは分からないと思うんだけども。だから、苦しんでいるときは逆にこれは、宝をね蓄えているんだぞっていうさ、思えるといいんだけど、若いころはそんなこと思えないのよ(笑)苦しいんだよね。それでね、将来への不安もあるしね。もう。」
N:「えっと、さっき軽いところから重いところまでの振り幅っておっしゃっていたのですが、はまっちゃったときって、軽いところに行くのにみんな苦労するというか、見えなくなっちゃうことがあると思うんですが、何かアドバイスをいただけますか?」
S:「うん。それはね、あの、一番いいのは環境が変わるっていうことだよな。実は、文星に来て一番助かったのは俺なのよ(笑)それで、途中31、2歳で娘が生まれたのね、それで、それまでは良い彫刻を作らなきゃとかいうプレッシャーがぬけなかったんだけども、明け方、こどもがすやすや寝ていたのよ、自分のこどもだからかわいいよね。その子供の顔を明け方の光の中でみたときに、自分の子が「かわいいなぁ。」って思ったのよ。もうそれまでは、彫刻、芸術、彫刻、芸術、のことしか考えてなかったんだよね。ところが、こどもの顔をみたときに「あんた、何のために彫刻をつくるの?」と思ったわけ、美しい物を伝えるためでしょって。それまでは、俺、彫刻、彫刻、芸術、芸術しか考えてなかったの。一番大事なさぁ、なんであなたはそのものをつくるんですか、っていうことを、芸大卒業して、芸術と彫刻しか学んでないから、一番大切なさぁ、ものをつくるってなんですかっていう素朴な質問がさぁ、ぜんぜんわかってなかったのよ。はじめてそのときに、ああそうか、ものをつくるっていうことは、自分の気持ちが動いてこれをつくりたいなぁ、っていうものをつくらないで、何をつくるのっていうさぁ。あたりまえのことが、やっとわかって、それからねぇ、気持ちが動いたものっていうの表現するっていうこと。それがまずあって、それをどう表現するかっていうのはその次のはなし。彫刻でつくるのがいいのか、絵画がいいのか、写真でもいいわけよ。自分の気持ちが動いたものって、コピーでもアレンジでもないのよ。それは絶対にオリジナルなのよ。そこから自分で広げていけばいいわけ。だからねぇ、軽くなるっていうことじゃなくって、もっと素直になるっていうことかなぁ。で、できるだけ、この道で食えるようになってやるとか(笑)無駄なことは考えないことだね。うん。まずつくるときはまずつくって、売る時はアーティストをやめて営業マンになると。切り替えないとさ。つくることと、売ることは別に考えることだなぁ。」
N:「先生は、作品だけで食べていた時代も長かったかと思いますが、そういうときに、気持ちが動かなくても依頼が来たときは、どうされていましたか?」
S:「いっぱいある。食えるときってモニュメントなのよ。自分の気持ちが動くことも大事だけど、公共の場に立つわけだから、いろんなひとたちが、どう見るのか、どう見えるのかっていうのは、良く考えてつくるわけだけど。でもねぇ、そういう仕事の時はあんまり深く考えなかったなぁ。けっこう自分の好きにつくってきたような気がする。」
N:「そのなかで、こだわったことはありますか?」
S:「こだわったことは女神だね、女の人の美しいすがた、そういうものを求めている気がするね。女神さまとか、現代でどういう女神が求められているのかな、とかさ。」
N:「公共からきた仕事でお断りをした仕事ってありますか?」
S:「ない。ないなぁ。公共じゃないけど、近所のおばさんがね、自分の飼っていた犬が死んだんでつくってくれませんか、ていう依頼がきたときに、それはさぁ、違う犬を飼って、お育てになられた方がいいいんじゃないんですか、と断ったことはある。気持ちは分かるけどね。あとは・・・ないなぁ。仏像でもなんでもつくったもんね。」
N:「そういう、お仕事のなかでも、自分の思いを織り交ぜながらつくられたんですね」
S:「けっきょく、何でも魂だからさぁ。まぁ。気持ちをこめてつくるよね。」
N:「マケットをつくってから、大きい作品をつくるときって、なかなか魂を込めるのは難しくないですか。」
S:「難しいねぇ。だから大きい作品ってどんな作家でも良い作品は少ないよね。魂ぬけっちゃってるもんね。等身大を超えると、手に負えなくなって、構造だとか、建築的な要素が必要になってくるから、魂とかそういうほうに意識がいかなくなっちゃう気がするね。」

N:「次の質問いいですか?あの・・ちょっと話が変わるのですが、彫刻専攻の卒業生たちへ向けてひとことお願いします。」
S:「卒業生ねぇ。まぁ、あんまり無理して続けなくていいよっていうかさぁ(笑)。」
N:「制作をですか?」
S:「ただねぇ、やっぱり、なんていうのかな、芸術心だけは忘れないで欲しいなぁって思う。生活のなかで活かしてもらいたいなぁ。だから、家庭持ってこどもがいても、ちょっと壁に飾るとか、こどもも敏感に反応するとおもうんだよね。茶碗ひとつでもさぁ、ちょっとおしゃれ心と言うか、文化心というか、忘れないで欲しいなって思うなぁ。作家としてはねぇ、そんなに生き残れないと思うし、自然淘汰されていくとはおもうんだけど、だから逆に今、続けているひとは、おそらく40、50歳になっても続けられるひとで、なんとかやっていけるひとだと思うけどね、今、一番苦しいときだと思うよ。全然動かないもんね。作品なんか、売れないし、オリンピックなんかはあるけど。ただ、続けていけばね、周りは辞めてっちゃうから、自然とね残るよね。若い時って、みんなスターとか、そういうのしか頭にないかもしれないけど、実はしぶとく生き残ってるやつが晩年に良い仕事したりとかさ、結構いるの、そういうひとって。うん、だからね、広範囲に考えながらね、頭を決めないで、それで生きていくことだと思うよ。それで、一時期ね大学を卒業して制作が出来なくても、人生85年だから、やる気があれば60歳からでもやれるんだから。範囲を持って、柔軟にさぁ、考えるべきだね。みんな違うんだから、ひとりひとり。」
N:「先生は、今後どうですか?」
S:「あたし?あと死ぬだけ。」
N:「えっ?」
S:「おれは(笑)仕事して死ぬだけ。ただ、あれだな、こだわらないように難しいことを考えないようにしてる。楽しく生きたいね。うん。いやそれはね、生活しなきゃいけないし、そんなことも言ってられないかもしれないけどさ、どこかでそういう考えを持ってないと救われないというかさぁ。サラリーマンでもなんでも、明日は分からないもんね。」
N:「そうですね、明日のことは誰にも分からないですね。」
S:「うん、そういう心境かもね。」

N:「最後の質問なんですけども、今の1年生から文星芸術大学の彫刻専攻が、アート専攻立体に変わりますが、それにあたって、どういったことを期待されますか?」
S:「やっぱりねぇ、既成概念というものが外れた。ということは1600年に関ヶ原の戦いがあって、徳川幕府が開いて、約100年、元禄文化っていう文化の花が咲いたのよ。それから、第二次世界大戦の戦後の焼け野原から、今70年立ってるわけ、ちょうど70年くらいから、文化は花が咲いてくるんだよね、そういう時代に差し掛かっているときに、文星も彫刻専攻からアート専攻に変わるということは、そういうこことが期待できる、うん、ジャンルが外れて、庶民文化じゃないけど、そういうものが育つ時代なんだよね、当時で言えば浄瑠璃とか。団十郎とか。あのころの絵描きさんは、庶民を相手に商売して食べていたって、実際はそうなのよ。油絵のひとはバラを描けば食えたって、日本画のひとは富士山を描けば食えたって、今はそれじゃぁ食えないけどね。だからね、ちょうど戦後70年で、コピーからアレンジ、オリジナリティというものが出てきている、これから50年くらいして振り返ると、あっ、2016年ってちょうど、文化が変わってきた分岐点だったよねぇ、ってなるかもしれない。今、政治でもそうだし、経済でもそうだし、いろんなものが大きく変わってきているような気がするのよ。人の概念でも、価値観でもね。まぁ、そういう意味では、俺はさっきの根なし草の話じゃないけど、コピー、アレンジも日本だからね。そういうものも全部肯定したオリジナリティっていうものに関して、非常に、今後期待したいですね。」

N:「お話を聴かせていただいて、本日は、長いお時間ありがとうございました。」


杉山惣二先生をはじめ
卒業生のみなさん
これまで、彫刻専攻に携わってくださったみなさん
どうもありがとうございました。
そして今後ともアート専攻立体をよろしくお願いいたします。



 
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